28.甲板(1)


I. 船体損傷に関する一般的な事柄


3 甲板(Deck)その1

 長い間ドックの中を歩きまわったので,タラップを登って船内に足を入れることとする。最初に足を踏み出すのはデッキなので,まず,デッキを取り上げてみよう。陸の人は,カンパンと呼び,海の人は,コウハンと呼んでいる。漢和辞典によれば,甲という字は,コウともカンとも読めるが,カンと読むのは,正しくはなく、普通に用いられる慣用音であると説明されている。甲の項で,カンと読ませるのは,“甲板"と,声が高い場合に使われる,“甲高い"だけで,他は,“甲乙",“甲虫"・“甲殻"など,コウと読むものばかりである。意味は,”外表を覆う殻“ということで,英語のdeckも,元来は覆うという意味もあったとされており,ドイツ語で,deckenというのは,覆うという動詞である。スペイン語のcubierta,ポルトガル語のcobertaも,ともに甲板の意味で,それぞれ覆うという動詞,cubrir,cobrirから派生したものである。ただし,同じスペイン語でもpuente(甲板)は,フランス語のpont(甲板)と同じく,橋の意味で,ポルトガル語でも,橋はponteであるが甲板の意味はなく,独立したconvésという言葉がcobertaと同じ甲板として使われている。余計なことが長くなったが,いずれにしても甲板は,船を覆って,貨物を波や雨から保護しており,建物の屋根に相当する役目をはたしている。ただ,屋根と違うところは,建物では人や物の出し入れは扉を通して行うが,船では船側に大きな扉を設けるのが困難なため,貨物の出し入れ用として,屋根に相当する甲板に,大きな開口(艙口)がある点である。甲板は貨物の種類により,一層しかない船,例えば木材運搬船,鉱石,石炭などの撤積貨物船と,雑貨など種類の多い貨物を積む船,冷蔵運搬船,客船では,2層以上の甲板が設けられており,最近の自動車専用船では10層以上の甲板を有しているものもある。これらは,普通上から順に,上甲板(Upper deck),第二甲板(2nd deck)または,中甲板('Tween deck),第三甲板(3rd deckまたはLower 'tween deck)と呼ばれており,また上あるいは下から順にA deck, B deck, C deckと呼ぶ場合もある。


第1図 甲板の配置
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 客船などのように4層以上の甲板のある船では,最下層甲板を,オーロップ(Orlop)と呼ぶこともある。これは,中世の英語over 1oop deckが変化したものとされている。これらの甲板の中で,第二甲板以下の甲板は,単に貨物を載せる棚の役目をしており,上甲板が,前記の覆いの機能をはたしていることになる。少し脱線するが,甲板の機能,構造に触れてみることとする。

3.1 甲板の機能

3.1.1 上甲板

 上甲板は,前記のように,船を覆い,風雨や波浪から貨物を保護する役目のほか,上甲板に貨物を積む場合は,その荷重を支え,また,打ち込む海水の衝撃的な荷重にも耐えるよう設計されている。しかし,最も重要な上甲板の機能は,船底とともに,船の縦強度を分担していることである。建物の屋根は,瓦など,屋根の重量を支える強度があれば良いが,船は,貨物の積付け方により,また,波の山や谷により,ホギング,サギングの状態になるので,船体に加わる曲げの力に十分耐えられる強度が必要となる。


第2図 ホギングとサギング


 すなわち,船体は,上下から交互に荷重を受ける箱型の梁と考えることができる。この場合,上甲板は,ホギングのときは引張りの力を受け,サギングのときは圧縮のカを受け,これが,波の動きにより,変化することになる。甲板の強度が弱いと,ホギングのときに甲板は引きちぎられてしまうし,サギングのときは,押しつぶされて(坐屈)してしまうことになる。上甲板の板厚が,下層甲板と比べ,厚くなっているのはこのためで,船底外板と協力して,縦強度を分担する大きな機能をはたしているのである。この意味で,最上層の船首から船尾まで全通した甲板を,強力甲板(Strength deck)と呼んでいる。“覆う”という上甲板の機能と,この縦強度の機能がはたせないときの損傷をまとめると,第1表のようになる。


第1表 甲板の機能


 なお,ホギング,サギングのときの船底に加わる力は,甲板とは逆に,ホギングのときが圧縮力,サギングのときは引張りの力を受けることになる。したがって,もし,船体中央部の上甲板に,横方向の亀裂が生じると、ホッギングによる引張りにより船体が引きちぎられることになる。この場合,甲板に加わる引張りの力を少なくする目的で,バラストを移動するなどして,船体をできるだけ,サギングの状態にすることが効果的である。逆に,船底の場合は,できるだけホギングの状態に持っていくことになる。


写真1 よく繁盛するラブ・ホテルのベッドは中央がくたびれており、
横になると身休がサギングの状態になる。


3.1.2 下層甲板 (Lower deck)

 第二甲板以下を総称して下層甲板と呼ぶが,この役割は,上甲板と比べると少なく,甲板上の貨物の重量を支えることができ,船側肋骨を支持することができれば十分である。ホギング,サギングによる縦強度については,上甲板の下で,これを幾分助ける程度の機能をはたしているだけである。したがって,下層甲板が衰耗して,板厚が薄くなっても,また,多少の亀裂が生じても,上甲板ほど,大騒ぎをするには及ばない。

3.1.3 艙口間甲板 (Cross deck)

 艙口と艙口との間の甲板を艙口間甲板と呼んでいる。これは,隔壁を助けて,船体の右と左を継ぐ役目と,艙内の貨物を雨や波浪からつ守る役目をはたしている。縦強度には関与せず,長尺物を積むため長い倉口を有する船では,倉口間甲板がない場合もある。したがって,板厚も倉口側部の甲板と比べかなり薄くなっており,腐蝕も受け易い。船体強度の面からは二次的な部分なので,船令が古くなって,局部的に腐蝕破口が生じても安全性には影響は少なく,上から二重張りを施して孔を塞いでおけば一応は十分とされる。

3.2 甲板の構造

 板 (Deck plate)と,骨としての梁 (Beam)とで構成されている点では,外板や隔壁と同じで,このほかに,梁を支える桁(Girder)が配置されている。梁は,長さ方向に配置されている場合と,横方向に配置されている場合の二つの構造例 (第3図および第4図参照)があり,それぞれ,縦通梁構造 (Longitudinal beam system),横置梁構造 (Transverse beam system)と呼ばれ,以前は各甲板とも,横置梁構造になっている船がほとんどであったが,最近は上甲板に縦通梁を採用した船が8〜9割を占めている。


第3図 縦通梁構造の甲板



第4図 横置梁構造の甲板



第5図 甲板の断面積
右図のように縦通梁を採用した場合は縦通梁の
総断面積の分だけ甲板の板厚を減ずることができる。


 これは,船の中央部を通して配置されている縦通梁が,上甲板の板とともに縦強度を分担するので,その分だけ上甲板の板厚を減らせることができる利点と,サギングの状態のとき,縦通梁が,甲板の圧縮力に対抗できる利点があるからである。したがって,何らかの事故で,横置梁が数本切断した場合に現れる現象としては,甲板が若干垂下する程度で,大事にいたることは少ないが,縦通梁が何本か切断すると,甲板が垂下するだけではなく,縦強度が弱くなり,その部分で,上甲板がホギング,サギングによる船体の曲げモーメントに耐えられなくなれば,甲板が横に割れ,ひいては,船体が真二つに切断してしまう恐れがある。前置きはこのぐらいにして,以下,甲板の泣きどころに入ることとする。

3.3 甲板の損傷

 結論からいえば,板と骨とから構成されているため,外板や隔壁と同様,亀裂,屈曲,衰耗ということになるが,この他に,甲板上に特に重い荷物を積んだときや,船首部で大波をくらったときに,甲板全体が重れ下る,“垂下”と称する損傷がある。

3.3.1 亀裂(1)

 普通の鋼材は,温度が零下10℃ぐらいになると急に粘りがなくなり,硝子のようにもろくなる性質がある。これは,低温脆性という名称で知られているが,低温の状態で,鋼材の一部に小さな傷(“切り欠き”または“ノッチ”(notch)と呼ばれている)があると,そこを起点として,小さな力が加わっただけで,瞬間的に鋼材が割れてしまう。この現象は,古くはドイツにおける高速白動車道路(Autobahn)の橋が冬期,突如として折れた例や,第二次大戦の頃,アメリカの戦時標準型船の折損事故が続いた例があり,この事故原因究明の過程で発見された現象である。その後,この方面の研究も進み,低温においても粘りが落ちない鋼材や,亀裂が生じても,それが伝播し難い鋼材が開発,使用されるようになり,脆性破壊(Britt1e fracture)により,船体が真二つに切損する事故は非常に少なくなってきている。しかし,残念ながら皆無になったとはいえず,沈没は免れたが,上甲板に大きな亀裂を生じた船があり,新聞にも報じられたように1982年1月8日,アリューシャンで,左舷上甲板が切断した“C丸”の例もある。脆性破壊により,甲板に亀裂が発生した例を,二,三取り上げることとする。

(1) A丸の場合
本船は,1966年4月に建造された,次の要目の船尾機関型貨物船である。

長さ 115.00m
16.60m
深さ 8.40m
喫水 6.64m
総トン数 4,813.28

貨物倉は3つあり甲板は上甲板のみの一層で,縦通梁構造になっている。船体は木材の運搬に便利なように,長い貨物艙と一番から三番艙口まで連続した丈夫な艙口縁材とブルワークが備えられている。新造後,主として南洋材の運搬に従事していたが,1969年1月,初めてナホトカ航路に就くことになり,1月6日11:30門司港を出帆,玄海灘を突切り,寒い日本海を北上した。1月8日朝,防寒服に身をかため,定期的なサウンディングのため,乗組員が上甲板を歩いていたところ,前日までは何の異状もなかった右舷上甲板が,ハッチから舷側まで割れているのを発見した。当時、本船は46°-26’N,129°-51’Eの海域を,船首喫水2.02m,船尾喫水4.78mで航行していたが,前日から海は荒れだし,風力6〜8,夜半には気温零下3℃,水温0℃に下っていたので,この間に突然亀裂が発生したものと推定される。ただし,誰もショックや,割れたときの異状音は聞いておらず,亀裂の生じた正確な時間は判っていない。揺れる船上で,さらに調査したところ,割れているのは,板厚18mmと17mmの上甲板が真直ぐに切れているだけではなく,ハッチコーミング(Hatch coaming)と,その下のハツチサイドガーダー(Hatch side girder)も完全に切れており,それだけではなく,上甲板裏を縦通している4条の縦通梁も切断しているのが判り,直ぐにでも船体が二つに割れて沈没するのではないかと背筋の冷える思いがした筈である。強度の面からは,右舷の上甲板が無くなったと同じ状態になったわけで,本船の縦強度は極端に低下し,このままでは,左舷の甲板の負担が大きくなり,ホギングによる甲板の引張りの力に耐えられなくなれば健全である左舷の甲板の何処かに亀裂が発生し,これが広がれば,船体は二つに切断する可能性も考えられる事態に立ち至ったわけである。賢明な船長は事態を重く見て,状況を報告の上,船首尾部のバラストを排出し,中央部のタンクに注水,燃料油も中央部のタンクに移し船体がなるべくサギングの状態になるようにし,万全の注意を払い,日本に引き返すこととした。この年は新年早々ぼりばあ丸の沈没事故もあり、門司港に帰港するまでの数日間は,恐らく,薄氷を踏む航海だったことであろう。


写真2 A丸右舷上甲板の亀裂(1)
左舷側が亀裂の起点となったhatch coaming



写真3 A丸右舷上甲板の亀裂(2)
亀裂は舷個のStringer angleの鋲のところで止っている。



写真4 A丸右舷上甲板の亀裂(3)
Hatch coamingをholdから見たもの。亀裂はcoaming、上端からスタートし,上甲板下のhatch side girderも完全に切れている。


 参考までに,片舷の甲板が,外板まで縦通梁も含めて切断した場合の船体縦強度の低下を第2表に示す。この場合,縦強度は65%程度に落ちることになる。残存した反対舷の甲板に加わる応力は、損傷のない正常な場合の値を普通15/㎟とすると、約23kg/㎟に増える。この値は,ほぼ鋼材の降伏点に近い値で,破断応力の41/㎟には達していないが,気温が低く,甲板の何処かにノツチでもあれば,二次的な脆性破壊につながる恐れは十分にある。

第2表 片舷の甲板が切断したときの縦強度低下率


第6図 A丸の亀裂発生個所
亀裂は外板にまで達している。破面は錆の発生がなく新しい傷である。Herring bone patternがよく現われており,これにより亀裂の起点は艙口縁材頂部の補強用カバープレートの継目の溶接不良部であることが判る。


 帰国後詳細な調査を行った結果,亀裂はHatch coamingの頂部に取り付けられている補強板の溶接不良個所(ノッチ)からスタートし,瞬時に,下に伝わってコーミングを割り,甲板に伝わり約3mに及ぶ亀裂を発生させたことが,破面の状態から判明した(第6図参照)。亀裂の起点となった個所は,本船の強度計算の結果,鋼材の破断応力をかなり下廻る10kg/㎟程度の応力しか現れないことが判った。溶接の不良部分(ノッチ)がなく,気温も低くなれば,このような重大な損傷には至らなかった筈で,原因は,溶接不良部に端を発した脆性破壊と判断された。

(2) B丸の場合
 前記A丸の上甲板に亀裂が生じた翌年の暮れ,1970年12月22日,酒田港をバラスト状態(船首喫水1.70m,船尾喫水4.56m)で出港,同じくナホトカに向かったB丸の左舷上甲板に2.8mの長さの亀裂が生じた。本船は,A丸と違い1947年2月にアメリカで建造されたC儀神鏤標準船で,この損傷が起きたときの船令は23年10ヵ月の,いわば老令船で,要目は次のとおりである。

長さ 97.94m
15.24m
深さ 8.86m
喫水 7.12m
総トン数 3,896.0

 貨物艙はA丸と同様3つあり,甲板は2層で,いずれも横肋骨構造,機関室は船尾に配置されている。出港後2日目の12月24日早朝,6時頃,42°N,134°E付近において,突然船体に衝撃を感じたそうである。ボースンの語では「パチッ」という音を耳にした由で,直ちに機関を停止し調査したところ,第7図および,写真5, 6に示すように,上甲板とハッチコーミングが割れているのが発見された。当時の気象は,気温零下9℃,水温1℃,風力6NWで,船は約5秒の周期で揺れていたとのことである。
直ちに応急処置として,亀裂個所を横切る形で,前後方向にラッシング用チェーンや,鋼索を7条張り,リギングスクリューでこれらを締めつけ,ナホトカを目前にして,年の瀬の日本に引き返してきた。この間、幸いにして,亀裂の進行は認められなかった。


第7図 B丸の上甲板の亀裂
艙口縁材(Hatch coaming)は,一番艙口から連続している Continuous hatch coamingである



写真5 B丸左舷上甲板の亀裂(1)
亀裂はHatch coamingよりスタートしている。亀裂を境にして前後の甲板は下っていない。



写真6 B丸左舷上甲板の亀裂(2)
上端の半丸鋼の溶楼継手の溶接不良部からスタートした


 帰国後調査したところ,亀裂は,やはりハッチコーミングの溶接部からスタートしており,老令船のため,各部が衰耗していたことも重った脆性破壊によるものと推定された。


第8図 A丸及びB丸の上甲板に亀裂が生じた海域


(3) C丸の場合
 このような上甲板の大きな亀裂は,それ以前は例がなく,その後,12年たった1982年1月8日早朝北米に向かっていたC丸に発生したことが新聞に報じられた。

昭和57年(1982)1月8日付け朝日新聞夕刊

 亀裂は左舷中央部付近の上甲板に生じ,長さは約15mに及び,トップサィドタンクの底面も切断,A丸,B丸と同様縦強度上から見ると左舷上甲板が無くなったと同じ危険な状態に立ち至った。.
本船は1970年3月に建造されており要目は次のとおりである。

長さ 146.00m
22.80m
深さ 12.65m
喫水 9.20m
総トン数 12,200.0

 A丸と同じ造船所で建造されており,損傷が起きたのも,同じ1月8目であったことは奇しき偶然といえよう。これら3隻は,ごく普通の構造で,同様な構造の多数の船が無事に航行していることから考えて,現在まだ解明されていない破壊の要因が沢山あり,これらが偶然に重りあって,脆性破壊に至ったということだけしか判っていない。


昭和57年(1982)1月9日付け朝日新聞


これらの損傷について,要因の一つと考えられる共通点を参考のために纏めてみる。
  1. 気温の低いときに発生する。
  2. 海象は,風力6以上で,うねりがある。
  3. 亀裂発生の時刻は0時から朝7時頃の間である。
  4. 船は空船で船尾にトリムしている。
  5. 船尾機関型の船である。
  6. ホギングの状態である。
  7. 亀裂はmidshipより幾分後に寄った上甲板に,hatch sideから,船側方向に生じている。
  8. 比較的長い倉口を有し,コーミングは,一番倉から連続している。
  9. 亀裂は重要強度部材ではないコーミング部から発生し,瞬時に甲板に及んでいる。この点から考えると,強力甲板上に極く小さな物,たとえば,アイプレートなどを溶接する場合,簡単に考えて,溶接の資格のない者が不完全な溶接をすることは危険である。すなわち,これが,寒冷時に大亀裂の芽となるからである。
  10. 亀裂は片舷のみに生じ,両舷の甲板が同時に割れることはない。したがって,沈没するような危険はないと考えられる。




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