31.甲板(4)


I. 船体損傷に関する一般的な事柄


3 甲板(Deck)その4

 前回は,本題より大分逸脱してしまった。脱線のついでといっては恐縮であるが,蛇足として,今回は以下を追加することとする。

追記1 木造帆船の構造

 前回 第6図に示した帆船の中央断面図はCrescent Book杜の“The Lore of Ships" に収められている19世紀前半の木造船の図面を多少判り易く描き直したものである。この船が,現存したものかどうか,大きさはどのくらいであったかなどは一切不明である。船の大きさ,部材寸法が記入された図面が,米国で1920年に発行された“Shipbui1ding Cyc1opedia" に収録されていたので,参考までに,そのプロファイルと中央断面図を第1、2図に借用させてもらった。


第1図 木造4檣スクーナー



第2図 木造4檣スクーナーの中央断面図
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 この船は,長さ200’ (61m),幅36’ (11m),深さ16’一9"(5.1m)の4檣スクーナーで,New YorkのCox & Stevens杜で設計されたものである。keelは断面が355×457个粒澪,船底外板はGarboard strakeが厚さ178,他は船側外板も含めて102, 舷側部は127个糧陳イ蠅任△襦Aツ譴力照弔倭ヂ涼羶管瑤457x254,船側に行くにつれて細くなりビルジ部が203×254个粒兀爐用いられており,同図の右舷側は,木材を固着する鉄釘の配置が判るようになっている。前回 第6図と殆ど同じ構造であるがkee1とgarboard strakeとの取合と梁端部の取合が違っている。
 大航海時代の帆船の中央断面図が手もとに見当らなかったが,これらの船とそれほど相違はなかったのではないかと思われる。もし,大きく相違していれば,お許し願いたい。なお,ロンドン郊外のグリニッチに保存されている Cutty Sark は1869年11月22日に進水した木鉄混交船で,写真でもわかるようにframe, beamなど重要強度部材は鉄製である。


写真1 Cutty Sarkの船内
Frame, Beam, Side stringerなど強度部材は鉄で出来ている。



写真2 Cutty Sarkの船尾
Companionwayから出る筆者。木造とはいえ,鉄釘の他に,倉口の一部,梁柱の四隅には鉄が使用されている。


追記2 スペイン南西部にあるセビリヤ, カヂスの造船所

 コロンブスにちなんで,スペイン南部の各地のことが出たので,ジブラルタル(Gibra1tar,スペイン語ではヒブラルタル)より西のスペインの造船所について,簡取に触れることとする。若し、この方面でドックをしなければならなくなった際の参考になれば幸である。但し、1985年以降の世界各国のおける造船所の再編成により造船所の名称が変更になったり閉鎖された所もある可能性が多く、以下は1985年当時の様子である。スペイン語で,造船所はAstilleroと呼ばれ,スペイン最大の民間造船所はAESA (Astilleros Espaňa S.A.)である。これは,スペイン各地の造船所が統合してできたもので,地中海側は,セビリヤ(Sevilla)とカヂス(Cádiz),ビスケー湾には,ビルバオ (Bi1bao)、サンタンデール (Santander),ヒホン(Gijon)等に工場がある。この他の民間の大造船所は,第1回のときに触れた,ビスケー湾西端、・エルフェロール(E1 Ferrol) にあるASTANO (Asti1leroy Ta1leres de1 Noroeste S.A.)が有名で、この他に海軍の造船所が数個所ある。一般にスペインの造船所は,ポルトガルの造船所に比べると,ストが多く,作業もダラダラした感じで,工期も不確定,何時修理工事が終わるのか判らない場合が多い、従って,緊急止むを得ない場合以外は,スペインは避けて,ポルトガルまで回航し,リスボンの造船所 (LISNAVE等)でドックをした方が良い。ただし,スペインはポルトガルよりは関連工業が発達しており,大型鋳鍛鋼品,錨,錨鎖,プロペラなども,納期を気にしなければ手配できるメリットがある。

(1) AESA Sevilla

写真3 セビリヤ
手前の川はGuada1quivir河で,左端の塔は1220年に建てられた黄金の塔(Torre de Oro),奥の大きなゴシック建築が世界で3番目に大きいCathedra1。この中にコロンブスの棺が安置されている。高い塔はヒラルダの塔 (Giralda)で高98m,頂上には大きな風見(Giralda)がある。造船所は川下(左側)にある。



写真4 セマナ・サンタ(SemamSanta)のお祭
バイクに乗っているより格好の良いカップル



写真5 AESA Sevilla


オペラ、カルメンやセビリャの理髪師で有名なセビリヤは,地図で見るとアンダルシアの内陸にあり,人口70万の大都市で,こんなところに造船所があるとは思えない。しかし,この町はカヂスの北に河口を有するガダルキビール河の河畔にあり,最大1万総トンぐらいの船はセビリヤまで遡航することができる。町には,有名なCathedra1とそれに附随したヒラルダの塔 (Gira1da)、イスラム建築のアルカサル,カルメンの舞台となった煙草工場 (現在はセビリヤ大学になっている),シーズンには闘牛も開かれ,さらに,列車で2時間のところにあるコルドバ(Cordova)も,日帰りの範囲にあるので,入渠中の暇つぶしには最高の造船所といえる。もし,入渠が復活祭 (Semana Santa) にかかれば,着飾った美しいセニョリータが町にくり出し,本場のフラメンコも楽しむことができる。但し、造船所の工事はいよいよスローダウンになるが仕事を抜きにすれば,環境は世界最高の造船所ということができる。造船所は市内から車で15分ぐらいの川下 (Puntade1Verde) にあり,その配置は,第3図及び写真5の通りである。1891年に建設され,敷地は約4.5ヘクタール,新造と修繕を行う造船所である。海運不況時に納期が遅くても良い船を建造するのには向いているかも知れない。乾ドックは,長さ149.5m ,幅25mのものが1基と,他に,長さ120m,幅13.2mの浮ドック及び引揚げ船台があるが,これは現在使用されていないようである。就業時間は朝7時からであるが,10時に昼休があり,工員達は,木蔭でパンと葡萄酒で朝食とも昼食ともつかぬbreakがある。終業は午後の1時で,担当技師なども家に帰ってしまう。こんな調子なので,仕事は至ってのんびりしており,日本の造船所でのドックのことを考えるとイライラのしどうしである。外国の造船所は,どこでも多かれ少なかれ,のんびりムードなので,気短の日本人監督は連日カッカして来る。世界的に見れば,日本の造船所での計画通り行われる工事の速さの方が,異常なのかも知れない。どこの造船所でも同じであるが,乗組員のためのドックハウスは,無いのが普通で,船内で生活することになる。ドックに入っているときの用便は船を降りて造船所のトイレまで足を運ばねばならず面倒この上もない。監督の部屋もない。勿論,作業服を借してくれたり,昼食の用意などもないのが一般である。Madridより,国内線で空路Sevi11a空港まで55分,1日12便,高級ホテル,デバートもある。


第3図 AESA Sevillaの配置図
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1954年創立


(2) AESA Cádiz, AESA Matagorda
 ジブラルタルの西北約100,フェニキヤ人が発見した紀元前1100年頃からの港町で,新しくは,ナポレオン魔下の仏西連合艦隊の基地になり,1805年9月20日, Cádiz を発進した艦隊は,この近くのTrafa1garで,ネルソンの率いる英海軍に大敗を喫した海戦は有名である。町は大きな湾の入口にあり,人口約14万人,現在,スペイン海軍の基地にもなっている。造船所は,湾を挾んだ両岸にありCádiz 市内にあるのが,AESA Cádiz で1891年に建設され,敷地は約7ヘクタール,修繕が主体である。乾ドックは,長さ234.7m,幅34.1m,浮ドックは2基あり,一つは長さ273m, 幅42m, 載貨重量125,000トンまでの船が収容でき,もう一つは,長さ126m, 幅17.54mの中型船用である.なお, ロイドの資料ではNo.4ドックとして,載貨重量50万トン用の長さ350, 幅60mの乾ドックがあることになっているが,どこにあったか筆者が訪れたときには気がつかなかった。市街地にあるので便利で,近くにはLipsのプロペラ工場もある。もう一つは,湾の対岸にあるAESA Matagorda工場で,1878年創業,現在は,ULCC建造用の近代的造船所に改造されており,100万トンタンカーの建造も可能である。一応修繕船用として,長さ146m, 幅19.53mの乾ドックがあるが,新造船を主体とする造船所である。この近くに,海軍のBazan造船所があり,そのNo.4ドックは長さ147m,幅23.7mで,商船の修理も引き受けてくれる。Cádiz は,古い歴史の町であるが,Sevillaほど魅力はなく,良いホテルが無いのも難点である。ただし,造船関連工場も少しはあり,上記Bazanでは,大型タービン,ボイラーの修理も可能である。Madridから国内線で,空路Jerez de 1a Frontera (通称,ヘレス空港)空港まで1時間強1日3便,それからCádiz まで陸路約30,列車で45分である。Sevillaから,列車で2時間半,または遠距離になるが,バス,タクシーも利用できる。


第4図 AESA Matagordaの配置図
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1878年創立



第5図 AESA Cádizの配置図
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1891年創立



写真6 AESA Matagorda



写真7 AESA Cádiz


追記3 Trafa1gar海戦
 カジスに関連して、ネルソンを世界的に有名にしたトラファルガル海戦に触れたが、脱線の序でにロンドンのマダムタッソー(Madame Tussud's) に展示されている海戦の実物大のパノラマを筆者が撮影した写真を紹介しておく。実物大の暗い船内で、轟く砲声などを聞いていると恰も自分もその場にいる様な感じがする。なお、トラファルガル海戦に就いては、 John Terraine 著、石島晴夫訳、原書房出版の“トラファルガル海戦“に詳細が述べられている。


写真8 トラファルガルの海戦
ネルソンの旗艦Victoryの下層Gun deckを忠実に再現したものである。



写真9 弾痕で破れた軍艦旗



写真10 Victoryの第4甲板(1)
Victoryに就いては既に、簡単に取り上げたが、要目は、長さ約46m,幅約16m,排水量2,162t, 乗員約850名.主砲,副砲など104門を装備している。



写真11 Victoryの第4甲板(2)
第4甲板にはVictory最大の42ポンド砲が各舷16門ずつ装備されている。中央部の砲手が支えている棒はGun ladleと思われる。上部のフックはハンモックを吊るフックである。



写真12 Victoryの第4甲板(3)
弾丸を発射した反動で後退した42ポンド砲をロープで引き,所定の位置に砲架を戻しているところ。煙,響音,ほこりと,暑さで皆真黒になっている。



写真13 ネルソン提督
Ohlop (第4甲板下にある最下層甲板)に運ばれ,手当の甲斐なく戦死したネルソン提督。ここには負傷者,戦死者でごったがえしており,甲板は血のよごれを目立たせないよう赤く塗ってある。




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