36.貨物艙(1)


I. 船体損傷に関する一般的な事柄


3 貨物艙(Hold) その1

 甲板上を歩きまわったので,これから,ラーダを伝わって貨物艙に降りることとする。貨物艙は日本では俗にダンプルと呼ばれるが,これはdown be1owが訛ったものとされてる。また、辞書によるとho1dは、ho1eまたはhole = hollow が転化したものだそうである。
 ドイツ語ではLaderäumeと呼ばれ、日本語の貨物 (1ade) 艙(räum)は,この直訳とも考えられる。スペイン語ではBodegaとなっており,ワイン倉,倉庫の意味で,ポルトガル語のporão は,物を置くという動詞porから来たものと思われる。なお、フランス語ではSouteである。順序として,第1回で述べたように,貨物船の最大の泣きどころといえる艙内肋骨の損傷,二重底内底板,その他,艙内の痛み易い部分を取り上げることとする。まず,貨物艙に降りる際の注意事項を紹介しよう。

4.1 貨物艙に降りるときの注意

 垂直梯子を降りるだけのことで,特に注意をせねばならないことはないように思えるが、一歩誤れば、墜落して一命を失わないとも限らない。

4.1.1 貨物艙内の雰囲気を調べる

 石炭,木材,チップなどを積み,長期間航海をしていると、艙内の酸素が貨物に奪われて,艙内が酸欠状態になっており,うっかり艙内に降りると,意識を失い,途中で落下死ということになる、また,特殊な貨物の場合は,揮発性の有毒ガスにやられることもあり,爆発性のガスが充満していることもある。長期間使用されていなかった,深水槽兼用の貨物艙に,タロー油を積むことになり,艙内の状態を調べるために,重直梯子を降りて行く途中,サーベヤー1名と乗組員2名が,次々と艙内に転落,死亡するという悲しい事故が神戸港外で起こっている。
 艙口蓋を開いて原因を調査したところ、長期間使用されなかったため艙内は錆だらけになっており,艙内の空気中の酸素が鋼材と作用して錆(酸化鉄)となり,内部が酸欠状態になっていたことが判った。
 カナダのシドニー炭を積み,航海中,艙内の換気をするために,艙口を開けようとしたところ,作業中に生じたと思われる何らかの火花によって,艙内の石炭から発生していたガスに引火し,貨物艙が爆発,艙口蓋を吹き飛ばし乗組員一名が死亡した例も報告されている、貨物の種類により,また,長期間使用されていない換気の悪いタンク兼用の貨物艙では,空艙の場合においても,艙内に降リる際は,酸素やガスの有無につき,十分注意する必要がある。タンカーには必ず備えられている酸素測定器やガス検知器は貨物船にも必要と考えられる


写真1 酸素測定器と可燃性ガス検知器


4.1.2 梯子は過信しないこと

 自分の家の階段から落ちて命を落とす人が、日本で、年間数千人も居るとされている。慣れた貨物艙の垂直梯子といっても油断は禁物,艙口蓋が閉っていれば真暗闇でうっかり降りると, 貨物が当ったり,腐食などにより,ステップが無くなっていたり,船首尾の狭いところでは第1図のように下が無くなっている梯子もある。艙口の隅に設けられた柱に取りけられたステップで,柱を廻って降りるように設計されている梯子も危険である、梯子を降りるときは,途中で上から物が落ちてくることもあるので,梯子の端の方を降りるようにした方が安全である、そうして, 古い船では,足先に神経を集中し,ステップに体重を掛けても安全であることを確認し,次のステップに体重を移すよう心掛けれ事故はない。


第1図 危険なステップ(1)



第2図 危険なステップ(2)
柱をぐるっと回って下に降りるステップは往々にして、貨物が当たったりして欠損していることがある。



第3図 梯子の降り方
(1)のように普通に降りると上から何かが落ちたときに直撃を受ける。(2)のように端の方を降りた方が良い。(3)のJacob ladderも片側のロープを掴んで降りた方が降り易い。下に降りたら梯子の下からすぐ離れる。上から何が落ちてくるか判らない。


 最近、大型撒積船では,オーストラリアの規則により,梯子の途中に踊り場を設けるか,傾斜梯子にすることが要求されている。ドック期間中に艙内鉄工工事が行われているときは,梯子に添って,ガス切断用のガスのホースなどが導かれており,うっかりして手摺と間違えて,ホースを握み梯子から落ちそうになり,胆を冷やすこともある、梯子を降りるときは,細心の注意が必要で,徒然草で兼好法師も書いているように低いところまで降りてから落ちる例が多い。
 “高名の木のぼりといひしをのこ 人をおきてて 高き木にのぼせて梢を切らせしに いと危く見えしほどはいふ事もなくて おるる時に軒長ばかりになりて「過ちすな心して下りよ」と言葉をかけ侍りしを「かばかりになりては 飛びおるるともおりなむ如何にかくいふぞ」と申し侍りしかば その事に候ふ目くるめき危ふきほどはおのれが恐れ侍れば申さず過ちはやすき所になりて必ず仕る事に候ふといふ あやしき下臈なれども聖人のいましめにかなへり 鞠も難き所を蹴出だしてのちやすく思へば必ず落つと侍るやらむ
(徒然草第百段よリ)

4.2 艙内肋骨 (Hold frame)

 一般貨物船では,船体構造の損傷が原因で船体が二つに折れたり,沈没したりする例は非常に稀で,上甲板が割れても,何とか近くの港まで回航された例は既に述べたとおりである。また,今まで取り上げた外板の凹入,各部の腐蝕,舵頭材の振れ,甲板の垂下などは,いわば,風邪とか下痢程度の症状と考えられる、しかし,今回取り上げる艙内肋骨下端の亀裂は,癌のようなもので,気がつかないで放置しておくと,命取りにもなる恐れがあり,早期発見と治療が肝要である。写真1〜4および第4〜7図に肋骨下端の亀裂の状態を示す。1は,肋骨下端の肘板(Margin bracketまたはTank side bracket)の上端に生じた肋骨の亀裂2は,肘板と肋骨の溶接部に添って生じた亀裂, 3.は肘板自体の亀裂、4.は肘板と二重底頂板の取合い溶接部に生じた亀裂で、亀裂のパターンは、この4種類がある。


写真2 Tank side bracket直上の亀裂
肋骨とBracketは鋲で取付けられているが、各々の外板との取合いは溶接である。



第4図 Tank side bracket直上の亀裂



写真3 Tank side bracketに沿った亀裂



第5図 Tank side bracketに添った肋骨のウエブの亀裂



写真4 Tank side bracket自体の亀裂



第6図 Tank side bracket自体の亀裂



写真5 Tank side bracket下端の亀裂



第7図 Tank side bracketと二重底頂板取合い部の亀裂


亀裂の原因としては、次の五つが考えられる。
(1) 肋骨の衰耗によるもの
(2) 肘板の衰耗によるもの
(3) この部分の外板の凹入を伴った海中浮遊物または。岸壁などとの接触によるもの
(4) 肋骨と肘板取合部の疲労によるもの
(5) 上記の何れにも該当しない原因不明のもの


第8図 撒積貨物船の肋骨下端の亀裂は梯子を使って調べる


4.2.1 肋骨の損傷はなぜ恐ろしいか

 人間の場合,肋骨に亀裂が入っても,そのために生命を失うことはなく,胸部疾患で肋骨を何本か除去した人もある。船の場合も同様で,肋骨が曲がったり,肋骨中央部に亀裂が生じていても,その数が少なければことさらに心配する必要はない。しかし,肋骨下部の亀裂は,船の中央部の艙内肋骨に連続して生じるのでたちが悪い。そうして,比較的船齢の若い船にも生じ,さらに,たちの悪いことには,隣同士の肋骨に生ずる傾向があること,また,ある目突然に亀裂が生じたと考えられることもある。これらの亀裂は,時間とともに進行し遂に外板にまで達すると,外板の亀裂を誘発し、連続して、喫水線下の外板が切れ、艙内への浸水をもたらす。2〜3個所の浸水であれば、セメントボックスによる応急の修理も可能であるが、艙内に貨物を満載した状態で、肋骨下端の外板に連続して亀裂が生じれば、第一回で既に述べたように船にとっては危篤の状態である。第6図にこの間の過程を示す。


第9図 肋骨下端の亀裂の成長
(A)のようにBracket 上端の肋骨に亀裂の芽が生じ、(B)のようにWebとFlangeに進展し、(C)のように外板まで達すると漏水が始まり、さらにひどくなると、(D)のように外板の亀裂は大きくなり隣の亀裂とつながると第一回で取り上げたように沈没にいたることになる。



第10図 肋骨下部の構造(1)
※クリックすると拡大します
肋骨と外板の間隙を薄い鋼板で塞いである船ではリンバーボードを外してビルジの中に入れば(多くの場合、この中をパイプが通っているので入り難い)肋骨下部の様子は内側から分かる。



第11図 肋骨下部の構造(2)
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肋骨と外板の間隙をセメントで塞いである船ではリンバーボードを外し、大ハンマーでセメントを割って取り除かないと肋骨下部の様子は分からない。



第12図 肋骨下部の構造(3)
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内底板を厚くして船底内張り(Bottom ceiling)を省略しビルジ部は薄い鋼板で塞いである船では、この塞ぎ板を外さねばならない。



第13図 肋骨下部の構造(4)
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Tank side bracket を省略し、Gusset plate で肋骨を取り付けた船では、ごみが溜まらないようにSlant plate が取り付けられている。肋骨下端を調べるにはやはり、Slant plateを取り外すさなけらばならない。



写真 6リンバーセメント部の腐食を伴った亀裂
セメントを取り払って見つかった。



第14図 リンバーセメントを割って調べる


4.2.2 初期診断はどうするか

 肋骨下部の亀裂の状態は、前掲の写真または図の通りであるが、空艙のとき貨物艙に入り、ただ,肋骨の下部を眺めただけでは、この種の損傷は見つからない。損傷は、時として人目につかぬところに潜伏しているもので、この損傷はその最たるものである。即ち、亀裂はビルジ部の内張り板 (Limber board),斜板(s1ant plate),船底内張板 (Bottom ceiling) の裏に隠れており、撒積貨物船ではホッパータンクの上になるのでホッパーの高い船では梯子を掛けて調べないと艙内からでは分かり難い。
 第7図に典型的なLimber board, 斜板の状態を示す。これから分かるように,該部の異状を見つけるためには、まず、libmer board や Slant plate を外し、ビルジ部に潜り込み(服が汚れるのを嫌がったり、ゴキブリの大群に恐れをなし、単に頭を突っ込んで眺めるだけでは不十分である)肋骨下部に目を近ずけて熟視しなければならない。この結果,異状がないと思っても,ここで安心せず,腰に差したテストハンマーを抜き出して錆を落とすと,やっと亀裂が恥ずかしそうに顔を出す。これで異状がなければ,八分どおり安心して良い。
 しかし。第8図(2)のように,リンバー部をセメントでかためた船では,写真5のように,セメントの中で,肋骨またはブラケットが腐触し切断している例もあり,リンバーを外したついでに,大ハンマーでリンバーセメントを割り,その部分まで調べることをお勧める。船の場合,疑わしきは,とことんまで罰する心構えが必要で,セメントを借しんで癌の腫瘍を見落としたら何にもならない。ところで,全部の貨物船のリンバーボードを外し,セメントを割って調べるのは,いかにも大人気なく,経費節滅の折から,本杜からのお咎めが気になるときは、次の場所を抜取りで調べれば,おおよその見当はつく。

(1) No.1 Holdの前部
この部分は,二重底頂板が平になっている例が多く、リンバーボードも省略されていることが多いので亀裂は分かり易い。


写真7 No.1 Hold 前部
Tank side bracket 下端の腐食


(2) 中央部に機関室を有する船
機関室前部の貨物艙のハッチ中央部に位置する肋骨下部

(3)船尾に機関室を有する船
船の長さの中央部に位置する貨物艙のハッチ中央
いずれの型の船でも,機関室内の肋骨の下部は腐食が少ないないので九分どおり健全で、貨物艙内では,隔壁に近い個所の肋骨は異状が少ない。このようにして,抜取りで調査し,もし損傷が発見されたならば,その近傍の肋骨を調べればよい。

4.2.3 損傷が見つかったら

 最寄りの船級協会の検査員に連絡を取り,臨時検査を受け修理を行う。これができない場合は,臨機応変に応急修理を施し,次の寄港地で正規の手続きをして完全修理を行うことになる、修理方法は,損傷の程度および肋骨下部の構造によって異なり,一概に決められないが、次のような処置が取られる。ただ、共通して言えることは、損傷前の状態に復旧させるだけでは不十分で,何らかの局部補強を施しておく必要がある。

4.2.3.1 肋骨が全都切れているとき

 肋骨下端のブラケットの下から上方適当な長さ、例えば50〜100cmぐらいにわたって,肋骨を切替える。この場合,肋骨折損部の外板に亀裂が及んでいる可能性があるので,第10図の点線で囲んだ部分を十分注意して調査しておく。外板にも亀裂が生じていれば,当然,艙内に漏水が認められるが,外板の外側まで達していない初期の亀裂もあり,カラーチェックによって念のため調査して亀裂が無ければ安心である。なお,錆が多量に発生しており,狭隘な場所で,カラーチェックが困難な場合の亀裂発見法として,疑わしい所をガスで焼く方法もある。肋骨の切替えのため、旧材をガスで撤去した後、そのガスで,肋骨亀裂部の外板を軽く焼くと,熱により錆が落ち,そのままでは見えない小さな亀裂が口を開け,肉眼で容易に発見できる。


第15図 外板に及んだ肋骨の亀裂


4.2.3.2 外板にも亀裂が伝わっている場合の修理方法

 程度や状況に応じて,外板の切替えや亀裂部の両端にstop ho1eをあけ二重張りを施す方法,あるいは,応急修理として、stop ho1eをあけセメントボックスを施し、修理設備のある港まで回航するなどの手段が考えられる。これらの修理方法については,第4回1.3「損傷の修理方法」の項で述べたので省絡する。肋骨など型鋼の部材を切替える際,外国では本船と同じ寸法の形鋼が入手できないことがある。米国,英国はインチ制で,形鋼の断面も日本のものとは異なり.ドイツではDIN(Deutsche Industrie Norm)フランスではAFNOR(Association Française de Norma1isation)の規格で型鋼の寸法が決められている。この場合は,本船の肋骨に使用されている型鋼より大き目の型鋼を選び,第12図のようにウエブを切り落し,同じ深さにして使用するか,第13図のようにウエブをV字型に切り取り,テーパさせて継ぐとよい。何れの場合も,継目の溶接が完全に終わった後,型鋼ではフランジ面の溶接ビードをグラインダーで平滑にならし,その部分に補強のための当て板(pad)を取り付け、球山型鋼の肋骨では反対側に補強材を取付ておく。これは,現場での型鋼の突合せ溶接(俗に、いも継ぎと呼ばれる)は,前にも述べたように溶接がやりにくく,完全な溶接は期待できないからである。


第16図 Web の深さが異なる型鋼の接ぎ方
新しい型鋼のWebの斜線の部分を切り取り,旧部材と同じ深さにする



第17図 Webの深さ、Flangeの幅が異なる型鋼の接ぎ方
新部材の斜線部を(1)のように切り取り、Flangeを曲げて溶接し、深さと幅を合わせる。接手部のFlangeには補強の当て板を最後に溶接する。


 くどいようであるが、いも継ぎをした個所に当てる当て板は,骨相互を溶接で完全に継いだ後,フランジ面のビードを平坦な面にならしてから取り付けるのが正しい工作法であるが,時には,当て板を先に溶接し,次いで,骨相互を溶接するような不良工事が行われることがある。このような工事をすると,折角、骨を切替えて修理したのに,今度は,骨の切替えの溶接部が当て板と共に切損してしまうことになる。


第18図 当て板(Pad)の切断
Flange を完全に溶接せずに Pad を取り付けると、Pad は間もなく切断し,折角修理した肋骨もすぐ切れてしまう。


4.2.3.3 肋骨の深さの半分以上が切れているとき

このときも,前記同様,肋骨を切替えるのが普通である。

4.2.3.4 亀裂が肋骨の深さの半分以下のとき

 この場合は肋骨を切替えず,溶接で亀裂部を接いで補強を施す方法がとられる。しかし、一つの貨物艙で軒なみに亀裂が発生している場合は、例えば、肋骨一本おきに切替えたり、軒なみでないときでも第13図のように、亀裂部で上下が大きく口を開いているときは切替えた方が良いこともあり、状況に応じて一律には決められない。

4.2.3.5 衰耗を伴った亀裂

 老齢船で、肋骨全体が衰耗している場合の亀裂の修理としては、前記による亀裂の程度に関らず、肋骨全体を新替えするか切替えなければならない。写真8,9に衰耗を伴った肋骨下部の亀裂を示す。


写真8 衰耗を伴った肋骨の亀裂



写真9 肋骨の Web の腐食衰耗




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