帆がないのに風で動く船
ローター船 “Baden Baden”


1.初めに

帆はないのに風で走る世界最初のローター船、「バーデンバーデン」の写真が二枚も見つかりました。一枚は試運転の写真と思われるもので、もう一枚は大西洋横断に成功して、ニューヨークに入港する写真です。これは大正から昭和初期のカラー写真が普及する前に流行った彩色写真です。他に、ローター船の資料はないかと英国やドイツのホームページを調べたところ鮮明な写真は見つかりませんでした。ローター船は2隻建造(最初の船は改造)されただけで、寿命が短かったせいか、船を紹介した有名な“The Ship”,“The Lore of Ship”,“Le Nayi”等には取り上げられておらず、上野喜一郎氏の“船の世界史”に不鮮明な写真と共に紹介されている程度です。ここでは、珍しいローター船の概略を取り上げて見ます。

2.Anton Flettner

ローター船を発明したのはドイツのAnton Flettnerです。彼は、ドイツの偉大な航空技術者の一人とされています。1885年MainのEddersheimに生まれ教師になり専ら機構学、物理学、流体力学を研究し、35歳の時、海運局に勤務し魚雷の研究などにも携わっていました。1905年からツエペリン社に50年以上勤務しています。彼がMagnus効果を利用したローター船を開発したのは、1922年から1926年迄の間で、その後、1930年からは流体力学を駆使して航空関係の研究に入りました。彼の名を一躍有名にしたのは、Flettner Rudderの発明でした。Flettner Rudderは造船工学便覧によればフラップがついた舵で、どの様にして、フラップを作動させるのか詳細は分かりませんが下の様な断面が掲載されています。



筆者は、入渠検査で色々な種類の舵を備えた船を見ました。Reaction Rudder、 Active Rudder、捕鯨船のSpade Rudder、三井造船が採用していたSymplex Rudder等々ですがFlettner Rudderを付けた船にはお目み掛かったことがありませんでした。この舵の詳細が見当たらずどうもFlettner Rudderは航空機関係の舵ではないかと思われます。実際のフラップつき船舶用の舵は、20〜30年前に、ドイツのWilliBecker社が開発したBecker Rudderが最初と思われます。この舵は、舵角の二倍の角度でフラップが作動するように、カム又はギヤ機構が採用されており、20年前に日本にも紹介されています。舵の効率が良く操舵機の容量も少なくてすむので日本でもかなりの数の船に装備されています。岡山のナカシマプロペラがWilliBecker社の技術を導入し、尾道にある尾道産業が製造しています。 脱線しましたが、Flettnerは、世界におけるヘリコプターの育ての親で初めてギガントと称するヘリコプターを考案し、その後、F1-184、F1-185等F1-339型に至まで多くの機種を開発し、1961年12月29日に76歳で世を去っています。



3.ローター船のアイデア

新婚間もないFlettnerは奥さんと一緒に、ある砂丘を散策しました。砂丘に腹這いになり、上から流れてくる砂の流れを見て、奥さんにMagnus Effectを説明しようと思いつきました。砂の中に拳を立てて腕を180度回転させると、回転方向の砂は早く流れ落ち、反対側は砂が始ど流れ落ちず、奥さんもMagnus Effectを十分理解出来たそうです。彼は、その晩、あることに思いが至って寝られなかったとされています。つまり、Magnus Effect を利用して船を動かすことを思いついたのです。

4.Magnus Effect

ドイツのHeinlich G. Magnus(1802〜1870)によって1852年に発見された流体の特性で、回転する円筒に流れが当たると、図2の様に、流れと回転方向が同じ側では圧力が下がり、反対側では圧力が上がる結果、円筒には揚力が生まれるという現象を言い、その後、ドイツのKutta とロシヤのJoukowski によって理論付けられ、Kutta-Joukowski 理論と呼ばれ流体力学、特に航空機の翼理論に発展した理論です。







5.ローター船

Flettnerは、その晩ベッドの中で、船のデッキに円筒を立て、それにベルトを巻きベルトを回転させて推進力を得るアイデヤを思い付きした。早速、1920年に建造された600tの帆船“Buckau”(“Burckau”とした資料もある) を購入し、高さ28mのマストと帆装、全体で重量35tを撤去して、円筒を立てそれにベルトを巻いて回転させる方法を採用しました。この案はベルトが上手く回転出来ないことで廃案になり、次に、直接円筒を回転させる方法を検討しました。巨大な煙突のように見える高さ16.5m、直候2.8mの円筒を船の前後に一本ずつ立て、歯車を介して9馬力のモーターで毎分200回転させることにしました。これらの重量は僅か7tで帆船の時と比べると船の重量は28tも軽くなり、その分貨物積載量が増え、水夫の人数も半分以下ですみ大変経済的なローター船が出来上がりました。



翌1925年2月にダンツイヒから、北海を横断してスコットランド迄の処女航海に出帆しました。嵐の中、全然事故はなく、ローター船のアイディアは見事に成功しました。写真2は試運転時のものと思われます。その後船名を“Baden Baden”と改め、1926年3月31日にハンブルグを出帆、大西洋横断の快挙に就きました、ビスケイを抜け、南米まで南下し、26日掛かって、ニューヨークに到着しました。写真3はニューヨーク到着の時の写真です。この成功海軍の依頼によりローター船として設計された二番船は、長さ89.3m、幅13.0m、2,077t、ハンブルグのWeser造船所で建造され、Flettner 41歳の時の1926年完工、“Barbara”と命名されました。写真4に示す様な高さ17.1m、直径4.0mのアルミ製円筒は3本あり、各々が



35馬力のモーターで毎分160回転させ、別に推進機関として合計1,060馬力のディーゼルも備えていました。3本の円筒だけで6ノット、主機と併用して13ノットの速力を得ることが出来たとされています。主に地中海で果物の輸送に従事しましたが、NASAの資料によれば、回転円筒による推力はモーターでプロペラを駆動するのに相当する出力を上回ることがないことが分かり、“Barbara”は売船され、普通の汽船に改造され、結局、ローター船は短い生涯を終わってしまいました。 オイルショックにより、風力の利用が叫ばれ、日本では“新愛徳丸”をはじめ何隻かの帆走船が脚光を浴び、1984年に英国で一部コンピュータ化されたロータを採用したD/W 445tの貨物船“Patricia Clipper”が建造されフロリダとバハマ間に就航しているそうです。



6.終わりに

ローター船は2隻しか現存せず、不成功に終わったこともあり、あまり資料は見当たりませんでした。日本のホームページではDaikochan (netpassport-wc.netpassport.or.jp)にフレットナーのヘリコプターなる翻訳があり、この原文はYahoo USAにあることが分かりました。この他、海外のインターネットを開いたところ、Yahoo UK、 Yahoo Deutschlandにはローター船に関する色々な資料があることが分かり、久しぶりにドイツ語の辞書を開きました。 また、”Flettner rotor ship in the light of the Kutta-Joukowski theory and experimatal result”なる論文の全文が紹介されていました。日本と比べると、欧米では技術関係のホームページが豊富で羨ましくなりました。造船学会でもせめて、過去の雑纂の時代からの会誌や論文集のタイトルだけでも良いから、ホームページで紹介して欲しいと思います。
2003年

参考文献  船の世界史(上野喜一郎) 船の一生(吉田文二) 航空学入門(木村秀政他) 世界の艦船11/1999(海人社) 歴史写真(大正15年7,9月)  daikochan yahoo uk yahoo deutchland yahoo usa 他


トップページへ このページの先頭へ 次のページへ